この前、某米国のコーヒー店でせっせと別の資格試験のテキストとにらめっこしていると、近くの席で人生の先輩たちが向かい合って話し込んでいた。
(日本人って資格好きだよね。資格よりも実務能力や自分がもっているネットワークの方が大切なのに、資格を取ることによってそれらをカバーできるような気がしてまう。
なんておめでたいのだろう、自分。くっそー。)
聞こえてきた会話の端々から、自分より二回りほど年上の方たちのようだ。
お互いの人生の悩み・子育てなどの難しさを話し合っていたようだ。
会話の流れの中で、
「今はいろんなお金の稼ぎ方が出来ている」
「嫌でもいろんな見方が見えてしまうからね」
「選択しなきゃいけない苦しさが、私たちよりたくさんあるでしょうし」
「奨学金もらってまで大学なんて」
「私たちのときは、道は1本しかなかった」
というフレーズが途切れ途切れ耳に入ってきた。
選択する苦しさ。
この方たちの子供の年齢はわからない。
10代なのかもしれないし、20代かもしれない。
おそらく子供たちは「選択する苦しさ」なんて自覚も無く、世界に飛び込んでいくのだろう。あとから振り返ったとき、「選択」を実感するのだろうか。
めまぐるしく変化していく浮き世で、何を選んで何を選ばないか。
自分の時はどうだったか。
…なにも考えてないアホだったな…。
会ったこともない子供たちにエールを送りたくなった。
ま、自分は自分でなんとか日々をしのいでいくけどさ。
大人の動画でもみよう。