クロスケ日記 105日の日々

どこにでもいる弱小会社員の日々の記録。他愛もないことを綴っています。

3月になっても

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EOS フルサイズ機

比較的穏やかに1日が終わった。

相も変わらず、起床、労働、試験勉強、就寝が大体のサイクル。

 

3月だ。

3月になっても人肌恋しいぞ。

人肌に溺れたい…。でも非モテ男にはそんな現実は絶対にやってこない。

普通という表現は好きではないど、いわゆる「普通」と認識されている男性は学生時代から彼女がいて、季節ごとの行事(茶番)を異性と楽しみ、歳を重ねるごとに人生のステージが変わっていく。

じゃあ、自分はいったいなんなのか。これが30過ぎの人間の考えることなのか。精神年齢なのか…。

自分みたいな非モテが夢を見たっていいじゃないか。

しかし待っているのは労働の毎日のみ。これは絶対に変わらない事実。

 

こんな日々は私をどこへ連れて行ってくれるのだろう。

虚無。

寝る。

 

折り合いをつけなくては

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本屋さんを歩いていて、つい目が惹かれ購入しました。思わぬ出費。

いや、趣味くらい楽しんだっていいじゃないか…と自己弁護。

読んでいて、もっと柔軟に、頭でっかちになってはいけないなと思うばかりです。

 

また、あるミニチュア写真家さんの記述があり、気になったので公式と思われるサイトを見たのですが、これが作りこまれた世界観か!と驚きました。

表現したい世界がある。これはとても幸せなことですよね。

 

自分の年齢、仕事、家族のこと、今後のこと。

現実に気持ちを揺さぶられて、むしろ考えないようにしようと思ってしまいます。

ああ、折り合いをつけなくてはいけないことばかりです。

 

バランスよく生きる、なんてのは夢物語なのでしょう。

寝る。

 

7年ごとの記録

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FUJIFILM , 50mm 単焦点レンズ  

なんかそれっぽい写真を撮ろうとして、思いっきり失敗しています。

なんとなく意図は記憶しているのですが恥ずかしくて言えません。

遊び心が大切なのです、おそらく。

 

録画しておいた「7年ごとの記録 35歳になりました(後編)」を見ました。

この国の各地で生活する人を7年ごとに記録し、それぞれの人生を追いかけていく、というような番組でした。

小学生の頃、中学生の頃、二十歳を過ぎた頃、二十代の終わりが見える頃、三十歳を過ぎ自分の人生を少しばかり振り返ることが出来るくらいの頃。

各々の人生模様が垣間見られ、また同じ30代の人間として、食い入るように見てしまいました。

ありきたりな言い方ですが、「後悔の無い人生なんてない」と思います。

私は地方で、教育やエンタテインメントや文化資本、世の中の仕組みや狡猾さとは無縁の、畑から引っこ抜いてきたような状態で思春期を過ごしました。

映画や美術館等々の「文化」に触れようと思ったら、1日がかりの大イベントになります。そんな田舎でした。

おこがましいですが、番組の最後に出ていた離島出身の方の気持ちが少しだけ想像できます。

この方が高校卒業後すぐに島を出たときの感想が印象的でした(話し方も落ち着いていて賢い方なのでしょう)。

「あんなに島を出たかったのに、実際島を出てみるとこんなものなのか」だったと思います。

思い描いていたものと現実の乖離に悩みながらも、日々の生活に追われたのかもしれません。

 

それぞれの「今」を映しながらも、時折挟まれる幼少期の映像との対比が胸に迫ります。

時は流れ、絶対に止まることはない。

 

そういえば昨年、途中から見るのをやめてしまったドラマ「35歳の少女」はどうなったのだろう。

最終回を迎えたみたいだけど。

 

寝る。

 

愚痴りあいたい

基本的に孤独な為、休日はほとんど人と話しません。
学生時代や社会人を通して社交的かというとそうではなく、人付き合いは苦手で家族以外とは話さない日も珍しくありませんでした。

必然、1人遊びをするしかありませんでした。
私は何故か普通にしていても「軽く扱われ、小馬鹿にされる側」の人間の為(このことを理解するまで時間かかりました)、誰も仲間に入れてくれません。

おっと話が脱線しました。

このウイルス禍で在宅ワークになり、コミュニケーションに飢えている人がいる、という話もちらほら聞きました。
もともと孤独で、いろんな感情を内側で処理してきた人間ですが、この「人とコミュニケーションに飢える」という気持ちが近頃、よくわかります。

ちょっとした愚痴を言い合える相手、ともいうのでしょうか。

世の中には、どんなにポンコツでも、世間知らずでも、能力なんて関係なく、たまたま生まれ落ちた家庭環境に恵まれただけで「贅沢しなければ、生涯、金銭面で不自由しない」という人間がいます。

こういうタイプの人、周囲の精神力を地味に削りますよね。
ああ、愚痴りあいたい…。
非建設的で、何も生まないとわかっていても愚痴りあいたい…。

このご時世でコミュニケーションに飢えている人の気持ちがわかってきました。

寝る。

センスより根気と継続

出勤前、仕事中、「なにか新しいことをはじめてやる」と意気込むのだけれど、帰宅後その気持ちは何処へ。
会社員あるあるだと思います。自分だけでしょうか。

動画を作ってみたいと近頃思っています。
でも、本当になにかを発信したいと考えていたら完成度やセンス云々よりもまずは作ってとっとと上げているはずです。
それが出来ていないってことは、そもそもそういうことなのです。
センスよりも、根気と継続できる人が一番強い。

直近であたらしく始めたことといえば「中判フィルムカメラ」。
もうひとつくらいなにか夢中になれることがあると、この腐った生活は変わるんだろうか。

30代おっさんの思考回路ではないですよね。
こりゃぁ非モテな訳だ…。
もし、万が一彼女が出来たら変わるんだろうか。

寝る。