クロスケ日記 105日の日々

どこにでもいる三十路のしょーもない賃労働者の日々の記録です。他愛もないことばかりですが、カメラ、小説、映画のこと等少しずつでも続けていけたら。

誰がために

人間が集まれば、必ずそこに力関係が発生する。
水面下の闘いが生まれる。
時々、嫌になるよ。
今日も聞こえるように嫌味を言われ小馬鹿にされ、自分のコミュニケーション能力の低さに軽く嫌気がさす。
そんで、自分の知らないところで、自分のことを勝手に決められる。
あぁ、悲しきサラリーマンの宿命。


誰の為に働いているのか、なんの為に働いているのか。
今日、これらのことを1日の中で考える時間が多かった。
雇われの身では贅沢な悩みとわかっていても、つい考えてしまう。
人に使われたくないなら、フリーランスになれば良いのにね。その実力と度胸はないけど。


それでも、人間万事塞翁が馬って言うでしょ。
人生、どんな事がきっかけで好転するかわからない。
そう思い、そう思わせてくれる出来事を求め、日々の乗り切る。


今日はそんな気分。
明日は明日の気分。
明後日は明後日の気分。

大人の動画観て寝る。

婚活飲み会に行ってきた

初めて「婚活」と名のつく、催しに参加してきた。
場所は某飲食店。
男女合わせて30人くらいだろうか。

年齢層は、おそらく男女共20代後半から30代後半。
男性側が時間ごとに、思い思いのテーブルに移動。
久しぶりに、女性との会話。

正直、会話は世間話と社交辞令に終始していたと思う。滑舌が悪いせいか、何度も「もう一度お願いします」と言われた。くっそー。

参加者の男性が、相手の女性が嫌がっているのに無理やり連絡先を交換しようとねばっていた。
後日、また二人で飯でも行こうとねばっていた。
相手がやんわり断っているのに気付いていない。
傍から見ていて、「そういうとこだぞ!」と自分のことを棚に上げて思っていた。


それでも女性とLINEの交換はした。
しっかし、会話の広げ方がわからんよ。
ま、駄目でもともと。練習と思って挑戦してみよう。

なにわともあれ、会社と家の往復の日々だけど、刺激になったし、これはこれで楽しかった。

明日からまた仕事。
やんなっちゃうね。寝る。

何故か肩身が狭くなる

ある程度長く一緒に仕事をしている人から、何故か嫌われる傾向にある。
もちろん、仕事なのだから「嫌われちゃったなあ、どうしよう」は甘えというのはわかっている。
ここでは、甘え、甘えじゃないのそれは書かない。何故そうなってしまうのか、ここ最近考える事が多くなっている。

とある新聞に「仕事の慣習 戸惑う転職者」という記事を見た。
社内のローカルルールに戸惑い、理解できないのだろう。
同業他社より、異業種に転職した人に多いという。
わかるなー。それって必要?と思うことも金科玉条の様にしないといけない時もあるからな。

今の会社にも、ソコソコの年齢の人が転職してきたけど、正直大変だと思う。
教育もクソもない会社だからね。
「なにやってんだよ、何で出来ないの?」と責められ、出来るはずもないことをやらされ、間違えるのを分かっているくせに何も言わず間違えたら「はあー、わかってないな」「それみたことか!」だからね。
でも、いつ自分自身がそういう立場になってもおかしくない。
今、10代、20代の人には想像もできないだろう。
人は誰しも、若いままではいられない。
そして、みんな意地悪だから(苦笑)

一時期、自分は軽度の発達障害ではないか、と本気で思ったことがある。
専門家に診てもらった訳ではないから、自分の考え過ぎだろう。

うん、というか最初の話に戻ると、普段のコミュニケーション、根回し、周囲への力の見せ方が足りないから、社内で浮いてしまう存在になってしまうのだろう。
ただでさえ、普通にしているだけで「小馬鹿にされる側」の人間なのにね。

垣根涼介の小説「君たちに明日はない」シリーズから。
『会社は誰も救ってくれない。
人生の保証を与えてはくれない。
会社は、自分の存在のためにあるわけではない。
そのリスクを充分分かった上で、それでも務める続けている。』


公園で、ベンチに座り木陰で文庫本を読んでいる人がいる。
晴耕雨読。そんな日々に憧れる日もある。

心の中でそっとエールを

よく行く珈琲店で、初々しい店員さんを見かける。
最近、入ったのだろうか、どこかぎこちない。

おどおどした話し方、危なかっかしい歩き方、お世辞にも要領が良いとは言えないのだろう。先輩店員から苦笑いの表情で、指導されていた。

とても他人事には見えなかった。
どうして小馬鹿にすることができようか。
もし、俺が今の仕事を辞めて接客業に従事したとしても、まったく使いものにならないだろう。
自慢ではないが、俺は非常に不器用だ。

誰にだって、今まで従事して来た事とは全く違う仕事に就く可能性やリスクはあるのだ。


長い人生、良いことばかりではないけど、悪いことばかりでもない。

生きてみなけりゃわからないこともある。

少しづつ、得意なこと得意ではないこと、そして自分の強みに自信を持って欲しい。


俺は何も出来ないけど、
でも他人事には見えないその店員さんに
心の中でそっとエールを送った。

そんな夜。

遅く起きた休日は

土曜日。目覚ましが鳴る時間の少し前に目が覚めていたが、どうしても布団から出られず、結局起きたのは昼過ぎ。

近所に行列ができるお菓子屋さんがあることを知り、行ってみたところ既に完売の看板が。
(もし完売していなくても、行列に並ぶのは苦手だ。)
仕方ないので、近所を宛もなく散策。
川岸で風に吹かれ、ぼけーっとする。

それから買い物に出かけ、帰りに逆方向の電車に乗ってしまい、しかもそれに途中まで気付かなかった。
疲れてるなぁ、自分、と。
最近、ケアレスミスが多いのだ。

買い物中立ち寄った商店街で、夕ご飯の買い物だろうか、人々が思い思いに野菜を手に取っているのを見て、無性にその空間が愛おしくなった。
自分の勝手な思い込みでしかないが。


電車の中で読んでいた文庫本に落涙しそうになり、その感性にほっとする。


こんな独り身の非モテ男の休日。

いつまでもこんな日々は続かないだろう。
どんなものにも変化があり、終わりがあり、始まりがある。
休日すれ違うカップルをつい妬んでしまう非モテ男にも。
ちくしょう、人肌が恋しい。

自分だけは自分を

小路を歩いていたら、後ろから来た二人乗りの自転車に追い抜かれた。
男性が自転車を漕ぎ、女性が後ろに座り楽しそうに会話していた。

ほんの数秒の出来事。
こんな些細な事を、何年後、何十年後にふっと思い出す時がある。


いろんな事がうまくいかず、空回りしっぱなしでどうしようもない時でも、自分だけは自分を見捨てない。
自分を嫌いにならない、という心構えはよく漫画や小説に出てくるけど、この年齢になりようやく実感を伴って認識できる様になった。

人の心って不思議なものだ。

ラジオで言っていたが、歳を重ねると死生観も変わるそうだ。

どんなことも変わっていく。

俺だってそこそこ良い方に変わっていくはずだ。

そう思い、自分だけは自分を見捨てない。

いざ鎌倉へ

ゴールデンウィークは鎌倉へ。
行ける時に行ける場所へ。

鎌倉は思い出の場所でもある。
東慶寺長谷寺鎌倉大仏江ノ島小町通りは、
今も尚、心の中で青春の輝きを放っている。


そう思いたいだけかもしれないけどね。

ふふ、人間は忘れる生き物。

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小説、青の炎が好きで、衝動に駆られ鵠沼へ行ったことは若気の至り。

青の炎 (角川文庫)

青の炎 (角川文庫)


大型連休が終わった。
また日常が始まる。

心の柔軟さを忘れず、既成概念を疑いつつ、古き良き伝統も大事にしたい、難しい年頃でっす。

世塵にまみれ、今日も生きる。