クロスケ日記 105日の日々

どこにでもいる三十路弱小会社員の日々の記録。他愛もないことを綴っています。

田舎事情 文化資本編

※あくまで私の生活の範囲で見聞きし感じたことであり、実際とはだいぶ異なっている箇所も多々ありまくりと思われる。そのあたりはご愛嬌で。

 

自身が感じる、上手く言葉に出来ない苛立ち、目に見えない壁や不公平感の根っこの遠因をまさに的確に表した言葉。

文化資本

この歳になり、最近この言葉を知ったくらいに私は底辺の低学歴。

 

よく人とたくさん会話した方が良いというし、若いうちにたくさん失敗して恥をかいた方が良いと言うけれど、そもそも、失敗したり恥をかいたりする機会と場所がないんだよー。

とくに僻地や田舎では。

行政サービスに触れ社会の仕組みを理解したりする機会もないし、美術などの芸術に触れる機会もないし、社会のダイナミズムを感じる機会もない(仮にあっても、知識の下地がないから「ふーん」で終わる)。

親がしっかりしているとか、叔父や叔母から薫陶を受けたりだとか、親戚が都会で生活していたり専門職に就いていたりして、たまにその親戚から刺激や教育を受けられるだとか、コミュニケーション能力を磨くだとか、こういった『文化資本』とは縁遠かった。

 

本当に縁遠かった。

そして、人との接し方がわからず、人間関係が築けない。

こういった人って、絶対に社会に一定数いるはず。

 

文化資本』が無いばかりに、世界が狭く視野不良に陥りがちになり、ものを知らないと嘲笑され、生まれ落ちた環境によっては、地元から僻地から出ることも無くひきこもり、ひたすらに歳を重ね続ける場合もある。

実際に、身近でもいる。

 

今、こうして実家を出て、働いて、小旅行程度だけど楽しんでいるのを、中学生の頃の同級生は信じられないだろう。

僻地、限界集落、田舎に生まれ落ちた人は、文化資本の有無、多寡によって、それなりの都市圏でたまたま生活することが出来た人より、人生を多少なりとも左右されていると感じる。

以上、実家に顔を出して感じたこと。

 

映画「バタフライ・エフェクト」はとても好きな映画。