クロスケ日記 105日の日々

どこにでもいる三十路弱小会社員の日々の記録。他愛もないことを綴っています。

いつか訪れること

小旅行から帰ってきた。

旅先の地元の幸に舌鼓を打ち、もう2度と来ることはないだろう景色を心に刻み、その土地に生活の根を下ろしている人たちの言葉を聞き表情を見る。

 

これから実家に少しだけ顔を出し、大型連休をだらだら過ごそう。

少しだけ仕事を持って帰ってきた(持って帰ってきても問題のないものだけ)。

休みに入る前にできるだけのことはやり、連休明け出社しても慌てふためかないように準備してきた。それでも少し不安を感じ仕事をしようとするあたり、一種の病気だろうな。いや、自己満足か。ある意味では狂った自慰か。

 

旅行の移動中に見たネット記事に、少しだけ現実に引き戻された。

資本主義社会の労働者階級が受け取る賃金にはある要素があるという。

  • 衣食住に費やし、ちょっとしたレジャーを楽しみ、次の労働に使うエネルギーを蓄えること。(要はガス抜き、か。)
  • 家族を育て、次の世代の労働者階級をつくっていくこと。
  • 自己教育。システムの変化に備えて、教育・訓練を行うこと。

池上氏と佐藤氏の対談だったかな、確か。

 

小旅行を楽しんでいる自分は、まさしく労働者階級で、小旅行によって連休明けの仕事に耐えうるためのエネルギーを貯めているようなものなのか。

いや、小旅行は自分が行きたいから行くだけなのだ。

そういう一面もあるだろうが、ふふん、行きたいから行くだけなのだ。

 

 

実家の飯はめちゃくちゃ旨い。

いつかなくなる親、実家。

これはどんな人間にも訪れることとわかっていても、うまく想像することができない。

 

今日は「〇〇最後」という言葉が連呼される日だろうが、市井に生きる人間からすればそんな言葉はくだらないと感じることでしょう。

最後だろうが最初だろうがなんだろうが、日常は続いていく。

 

残る連休、ほどほどにだらだら過ごそう。