クロスケ日記 105日の日々

どこにでもいる三十路の弱小サラリーマンの日々の記録です。他愛もないことばかりですが、カメラ(Canonユーザー)、小説、映画のことを少しずつでも続けていけたら。

洗濯物にあたる陽が翳っていく

今日は遠出しようと思っていたけどやめにした。

時々、旅行に行ったところで何の意味があるんだ?と思ってしまう。

同行者はおらず、旅先で旅情を言い合える訳でもない、知り合いを増やせるほどのコミュニケーション能力があるわけでもない。

何のために行くんだろう、と空虚なことを思ってしまう。身体が重くなってしまう。

いけない傾向だ。知らない街を歩くのが好きなのにね。

冬だからかな、寒さが人の気持ちの温度を奪っていくというか。

それでも暖かくなってきたら旅行いく。

旅行に行けるうちが花なんだろう。

 

カメラをもって近所を散歩。

見慣れた景色をファインダーから覗き、切り取る。

帰ってきてから洗濯機を回し、その待ち時間で撮った写真を見たり、ネットしたり、ぼけーっとしたりしてた。

 

家族がいる家は土曜日とあって賑やかなんだろう。

同棲中のカップルはお互いが休みかもしれないし、どちらかが仕事でいないかもしれない。家人が帰ってくるのを待ちわびている残された側。

 

私のように、部屋で一人、エアポケットのような時間を過ごしている人もいるだろう。

 

今年の目標。

ぼんやりとしたものはあるけど、まだToDoリストにはしてない。

何を選んで、何を選ばないか。行動し、実践する。そうでありたい…。

恥をかいて失うものなんて、最初から無い。

 

録画しておいた「歌舞伎町で生きる」という26歳・女性のドキュメンタリーを見る。

この女性と同じ歳の時、当時の職場が閉鎖になったのはひとつのターニングポイントだった。

薄々「終わり」を感じながらも、今いる世界が不変だと思っていた。

当時は、一般社会の常識を今以上に知らなすぎた。

どれくらいだったかというと、「離職票」をそのとき初めて知ったくらい。

 

ただ、選ぶことができない家庭環境や周囲の人との縁もある。

都市部で芸術や文化、人のエネルギー、行政サービスを身近に感じながら育つのか、あるいは僻地で育つのかによって、だいぶ分かれるところだとは思う。

(人がセーフティーネットの編み目からこぼれ落ちるとき、「3つの無縁」からなると聞いたことがある)

 

そして、サラリーマンの家庭の子は、大体サラリーマンになるのではないだろうか。

(厳密にいうと、賃労働者)

 

 

日が傾いていく。

大人の時間になっていくね。

うへへ。