クロスケ日記 105日の日々

どこにでもいる三十路の弱小サラリーマンの日々の記録です。他愛もないことばかりですが、カメラ、小説、映画のことを少しずつでも続けていけたら。

たまに思い出す

たまに思い出す知り合いがいる。

 

その人との出会いは20歳前後。

とあるサークルで知り合った(大学や学校のサークルではない。そもそも私にそんな大それた学歴はない)。

同じ悩みがあり、地元も近かった為、一緒にご飯を食べたり、遊びに行ったりする間柄になるのに時間はかからなかった。

そして、その頃にはお互いに社会人なっていた。

 

時間が経つにつれ、だんだんと相手の性格がわかってくる。

 

とにかくしゃべる。よくしゃべる。一方的にしゃべる。

こちらが話題を変え、会話の手綱を握ろうとしても、強引に奪い返し話をかぶせてくる。

一方的によく、日本の政治・政治家や国際情勢、昭和の歴史の話を聞かされた。

こちらが意地をはって「社会派」的なことを発言するようなら、「そう思った理由を聞かせて。誰が言っていたの?ちゃんと説明して。そんなこともわからないの」と小馬鹿にされた。

そういえば飲み会とかで自己紹介するとき、「○○○大学出身(私立の双璧のマンモス校)の○○です」と言っていたなぁ(そんな飲み会でもないのに)。

とにかく自分、自分、自分という人だった。

 

「フレネミー」という造語を知ったのはだいぶ後のことである。

この場合、少し違うかもしれないが。

 

つまり何が言いたいかというと、当時知り合いも友達も皆無だった私は、「私のことをまったく尊重しない人」だけど「こんな自分をご飯に誘ってくれる人」にすこしだけ寄りかかってしまった。

自分に自信がなくて。幼くて。

 

もしかしたら、いままでの灰色のくすぶった世界が変わるかもしれない、と思ってしまった。

「知り合いに○○○大学出身の人がいる」、というくその役にも立たない見栄や打算もあった。

 

当然、世界は何も変わらず、会うたびに一方的に「政治の話」や「社会派的な話」を聞かされ続けた。

 

そして、時が経ち「自分のことを大切にしない人を大切にする必要はない」という至極当然の考えにたどり着き、縁を切った。

知り合いをばっさりと切ったのはこのときが最初かもしれない。

 

彼女が出来たときも話さなかった。

性格上、「彼女できたんだ。よかったな。どんな子なの?」ではなく「彼女できたんだ。どこ大学の出身の子?」と聞かれるのが目に見えたからだ。

 

 

今、どうしているんだろう。

知りたくもないけれど。

多分、実家を出ていないんだろうなぁ。自分のはいたパンツを自分で洗濯しているのかなぁ。

身の回りのことは家族にやってもらいながら、この国の政治や地方自治を憂いているのかな。

「ほんとうは留学したかった」と言っていたけど、それに近いことは出来たのかな。

 

 

たまに思い出す。

そんな痛い思い出。

 

 

寝る。